【映画 フード・ラック 食運】感想。肉に対する愛を感じる

説得力のある映画

ダチョウ倶楽部の寺門ジモンさんが監督ということで大いに納得した。

ただの食通という分野ではないものを感じた。

肉に対して、最大限美味しく食べる方法を食べ歩いて勉強したんだろうなって思えた。

感動する

4日間で都合5本映画を鑑賞したのだけど、「感動した作品は?」ということで言えば、この作品になる。

単純に感動する。

複雑ではない。

土屋太鳳が久しぶりの映画出演ってこともあり、うーん、彼女の役柄が彼女がしちゃいけない役かなって勝手に思う。

鼻につく女性

と思われる役は・・・倍増してしまう要素を持っているからなぁ〜。

EXILEのNAOTOがまぁ自然で良い。

不器用なマザコンだけど素直になれない大人になれない男性。

彼は彼なりに苦悩の中に居る。

NAOTO演じる良人はりょう演じる根岸苑を一人切り盛りしている母親の愛を十分に受けて一番最高級なお肉を食べてきた。

そのことで味覚が研ぎ澄ませられてフードライターとして生きていた。

が、ライターの仕事をしたいとは思っていない。

そこに出版社の社長役の石黒賢が社員の竹中役の土屋太鳳を引き合わせ、Webで本当に美味しいお店の紹介をするようにと言う。

竹中は食べログなどの評価の高い店に行こうとするが、良人は自分の鼻と感覚でお店を選び、オーダーをする。

最初の友情出演登場!

まぁこの二人はわかる。うん。そうだよね。

いいシーンのはずがつい笑ったわ。

焼き肉のお店に行く二人。焼き肉奉行の良人。が、美味しくないと言い出す。

そこに人気グルメ評論家の古山役の松尾諭が。

人気グルメ評論家は素人の肉通として焼肉店としての立場を説く。

良人は「やっぱりこの仕事はしない」と逃げようとする。

良人が行くお店は美味しいお店ばかりで良人の母親との繋がりがあった。

まぁどのお店も美味しそう。

焼き方も美味しそうだし、あぁ〜食べたい!

そこで竹中は突然、カレーのお店に良人を連れて行く。

友情出演ドーン。

なんで?ここで大泉洋?

まじ、笑うわ。

しかも竹中が男連れで来たことが気に入らないのか、良人に対して無遠慮な対応をする。

スープカレーなのか?

と思ったら、そんなことはないカレーだったのだけど。

なんで?が止まらない。

良人は母親が倒れたことを知り、自分が母親にしたこと全てへの懺悔や何をしていいのかわからずにいるが、自分が台無しにしたぬか漬けを作ろうとする。

何かが足りないまま母は他界してしまうが、最後は

「おいしくなぁれ」

が必要だったことに気づく。

土屋太鳳自体がお肉好きを公言してたし、ほんと演技じゃないよね?ってくらい本気食いで美味しそうだった。

最後になってやっと土屋太鳳の良さが出る感じになったのだけど。

下手とかなじゃい。ただ、空気の読めない女性って演技じゃなくてそのままって見えちゃうから気の毒だなって思うだけで。

りょうさんがすごいキレイなお母さんから弱っていくお母さんまですごい変化。

あぁ〜このお店ってあるの?

本当に美味しくするお店に行きたい。

【映画 ばるぼら】感想。知らなかった手塚治虫の芸術観

稲垣吾郎の体当たり

「エール」の音役が今や印象的になった二階堂ふみのオールヌード。

でも、彼女のヌードは特に目新しいわけでもなく、彼女は裸になることを厭わない系だから、きれいな裸体くらいな感覚でしか見えない。

それよりも稲垣吾郎がここまで多くの女性と絡むようなものがあった?ってことが衝撃的だったかもしれない。

手塚治虫生誕90周年

映画化が発表された2018年が生誕90周年だったということで、平成元年に60歳という若さで亡くなっているんだってことを改めて知った。

もっと昔の人のようで同じ時代を生きていたことを不思議に思った。

ばるぼらは昭和49年に連載された作品。ブラックジャックと同時期ということか。

監督が手塚治虫氏の実子。

父親の世界観と現代をどう融合するかって感じだろうか?

手塚治虫氏には2000年の時代が見えていたのだろうと思う。

作品の中にはそんなものが多々あるわけで。

その通りになっているのだろうか?

それでも今の時代でも錯誤感がまるでない。

今の新宿の裏にはまだまだ昭和の影が残っている。

主人公の美倉洋介役の稲垣吾郎はすごく雰囲気が合っているように思えた。

そして「都会が何千万という人間をのみ込んで消化し、たれ流した排泄物のような女」のばるぼら役が二階堂ふみ。

アルコール依存症の女性。

二階堂ふみはほんとにいろんな顔を作れる。

いよいよ最終週となった朝ドラ「エール」では大正から昭和の女性を演じていた。

半年以上観ていたはずだけど、スクリーンの中の女優は全然別ものだった。

ばるぼらは美倉を魅了していく。

石橋静河がまだなんか初々しい感じしかない。

圧巻はばるぼらの母親役?の渡辺りえさん。衣装だよね?

最後はばるぼらはずっと何も身につけていな状態のままだ。

しかも「死んでる」状態。

そのまま瞬きもしないで呼吸もかなり浅めなのだろうな。

ほんとに微動だにしないで「居た」

美倉としての稲垣吾郎ちゃんもとても魅力的だった。

彼のイメージの神経質な感じと美倉という役の雰囲気がとても合っていたと思う。

案外、男性客しかいなくて、驚いた。

ターゲット層はどこになるんだろう?

【映画 滑走路】感想。何も知らないで観に行くとほとんど?な感じ

歌集がベース?

3つの時代が流れている。

これはどこかで交わるのか?

主演は水川あさみ

映画のポスターには水川あさみと浅香航大と寄川歌太と居るが、3人が同時に出ることはない。

最初は厚労省に勤めている鷹野役の浅香航大がメイン。

あぁ、厚労省ってそこ自体がブラックで担当者本人が病んでるんだぁ〜ってどこまでがノンフィクションなんだ?な展開。

突然、中学の授業シーン。先生に落書きを注意されても答えを言えちゃう学級委員長役で寄川歌太が出てくる。

幼馴染のいじめを止めた形になり、標的にされる。

いつの時代もいじめをするのって卑怯な人間なのだが、助けたことを後悔しつつも助けられた幼馴染は不登校になってしまう。

いじめられている時じゃなくて?って感じだけど、きっといじめの標的に対するいじめの強要が実は一番キツイんだろうな。

水川あさみは切り絵作家ではあるが、夫婦生活で納得をしてなかったり、将来への不安を抱える女性。

高校の美術教師の夫は何か相談しても「翠はどうなの?」と回答にはなってない状況ばかり。

それを納得してないが、黙り込む。

そんなことが続く。

この3人には関係があるのか?

鷹野は非正規雇用で自殺をしたという人の資料で自分と同じ年の人に興味を持ち、調べることにする。

なぜ自死をしたのか?

そこには非正規雇用という問題だけではないものがあることに気づく。

それを知った鷹野は苦しむ。

学級委員長はいじめっ子から逃げているときに美術が得意な女子中学生に勉強を教えることになる。

次第に距離が縮まる二人。

が、その関係はいじめっ子グループの標的となり、彼女の絵を切り裂くように言われる。

自分がいじめられていることを母に知られたくない

うーん、なんかこの感情って結局が自死へつなげちゃうよね。

なんでなんだろう?

シングルマザーだから?母親に心配をかけたくないとかって思われる母親は悲しいよ。きっと。

子供は隠し通しているつもりでも、親は気づきながらまた気づかないフリをしてって悪循環でしょ。

鷹野は自死した人が誰だったのかを知る。

そしてその原因のひとつに自分がいるかもしれないことも。

学級委員長が絵を切り裂いた直後、女子中学生は父親の仕事の関係で突然転校してしまう。

その前に自分が切り裂いた絵を学校から回収して修復をし、彼女を追いかける。

翠の夫は自分に才能がないために職を失ったと失意のどん底で帰宅する。

翠は少しずつ認められてきたことで夫に「今度は自分が支えるから」と言ってしまう。うーん、夫のプライドって難しい。特に芸術分野って努力じゃないし。

翠は妊娠していた。夫はまたも「翠はどうしたい?」と言う。

翠は夫に堕ろしたと伝え、離婚する。

その頃、翠は知ることになる。12年前に学級委員長が死んだことを。

最後には全部がつながる。

それでも、「あぁそっち?」な感じで驚いたけど。

どこに「希望」があったのだろう?

翠の行動が「希望」になったのか?

【感想 タイトル、拒絶】感想。複雑な感情だけどそれでも理解できる

体当たり

よく若い女優が体当たりで演技したとかって言うけど、全員がそんな感じ。

全員がはっちゃけて、全員が熱い。

嫌は嫌

主演の伊藤沙莉が気になって観に行ってきた。

「ホテルローヤル」も気になったのだが、ちょっと無理で。

伊藤沙莉が主演でどう輝くのか。

まぁ結局、役柄、自身が輝くような感じではない。

あくまでも脇だと認識した役。

セックスワーカーと言うことだけど、基本は「デリヘル」だよね?

本番NGって言ってたし。

そこで働く人は底辺なのか?

まず最初に伊藤沙莉が下着姿で語りだす。

何も出来ないのに、セックスワーカーすらも出来なかったってすごいな。

ある意味、流されないのはどうなんだろう?

が、デリヘルの雑用で働き続けるわけで。

垣松祐里がまぁある意味一番輝いてたわな。

お金でしか動かない。それが一番いい。感情に流される女は結局、弱い。

いろんなタイプの女が集まる。

でんでんがオーナーなわけで、かなりピッタリ。

佐津川愛美が怖いんだよね。私はきっとこういう場所に居たら、奥で無言で何か書いているタイプだけど、それでも、「うるさい」と言いそうだわ。

なんで自分の自己主張をしたがるんだろう?

いろんな矛盾と感情が入り乱れて、そこに伊藤沙莉の感情の落ちたトーンの語りがずっと続く。

アップリンク吉祥寺で満席だったわよ。

蜜だわねぇ〜って感じで。

そのくらい興味をひく感じってことか。

本番シーンがあるわけじゃないけどね。(あった?)

【映画 泣く子はいねぇが】感想。子供が先か、親が先か

大人になるということ

この映画は、男鹿の伝統文化の「ナマハゲ」を通じて家族とかというものを描いているのだけど、個人として、人はどのタイミングで「大人」になり、「親」になれるのだろう?

多くの人が抱える問題

日本はシングルマザーが多い。

結婚しないで子供だけ出来て、男が結局責任を取らないまま、女性だけが妊った命を育む。

多くの女性は10ヶ月をかけて、親になる覚悟をしていくのかもしれない。

中には、覚悟もないままに子供を産み出すことまではしても、大人にもなれてないから結局は助けを求めることもなく、見殺しになることもあるわけだけど。

この映画は一人の少女の誕生から始まる。

大晦日なのか、市役所の休日窓口に出生届を提出に来るが、何も知らないままきっと言われるままに来たのだろう、担当の人の言葉に対する反応がかなり薄い。

休日窓口で届ける時ってコピーとる?

あぁ、その頼りない夫のたすく役が仲野太賀。妻のことね役が吉岡里帆。

子供じみた夫。

妻はきっと妊娠中もずっと夫に対して「いつ大人になってくれるのだろう?」と心配だったのだろう。

そして自分と同じに子供が出産すれば大人になるのではないか?と期待した?

人の成長って難しいね。

誰がいつどうやって大人になるのか。

大人になるってどういうことなのか?

出生届のコピーを見る妻はそこにミスがあることを見つける。

「こんなことも出来ないの?」

わかる。うん。わかるわ。ほんと「なんで?」ってことが出来ないんだよね。

自分から動こうとしない。

言われたからやる。って、別にそれはそういうものではないはずなんだけど、なんかそういう感じになってしまう。

妻にしてみたら、出産したばかりで子供が泣いて眠れてないのだろう。

そんな中で自分を助けることもせずに、子供が泣いてもあやし方がまだ身につかず、結局自分がしなければいけないことなどあれば、「限界」を感じるのが普通だ。

その「限界」を伝えても、大人ではなく、ただヘラヘラしている人間には他人を思いやるという部分がただ欠如している。

お兄ちゃんが、弟が出来た嬉しい!って言っているのとなんら変わらない。

そんな中、その雰囲気が険悪だということだけは察知しているのか?それでもとても普通とは思えないが、「なまはげ存続の会」の集まりに行くという。

会長の夏井役が柳葉敏郎さん。今も秋田在住なんだよね?まぁ大仙市と男鹿市で文化的な部分は同県で他県よりは知っているくらいなんじゃないのか?と思うけど。

でも、やっぱり秋田弁がしっくりするよね。(標準語を聞いたことないし)

たすくはことねがいい顔をしないのを承知でなまはげ保存会へ行く。その際、妻は「お酒飲まないよね?」と釘をさす。

なまはげって文化をあまり知らないわけで、初めて見た感想は

「幼少期にこれをされた子供はPTSDにならないのか?」って感じだった。

なまはげに対していろんな思いがあるってことを夏井が言うわけだけど、まぁ大家族が集まる中で、子供の成長を祈るっていう構図はあるのだろうけど、それでも、子供・・・気の毒だ。

酒を飲み、大声をあげる。

最悪な存在でしょ?鬼って言う存在を神化しているけど、最悪でしょ。

たすくも最初のビールを飲むところは妻の言葉が過ぎったのだろうが、1杯飲んだらあとは止まらない。

親友の志波役が寛一郎。

たすくはテレビカメラでなまはげの存在をテレビで取材されているところで、なぜか全裸でなまはげのお面をかぶって街中を走り回る。

テレビに映し出された醜態。

場面は2年後、東京になっている。

「あぁ逃げたのね」

瞬時に思った。それでも東京の生活の中で馴染めないながらもフットサルを楽しむ。

が、酔い潰れた女性役の古川琴音を家に連れ帰る。

「あぁ華ちゃん」な古川琴音がちょっと大人な役なわけよ。

男を襲う?的な。

まぁなぜか離婚しているが、「子供が居る」と逃げるたすく。

志波が東京まで来て、ことねの現在の状況などを告げる。

そこでもなぜかタイミングやら周りの空気を読まない行動で、居酒屋でいざこざに巻き込まれる。

あぁ大人にならない人って結局、視野も狭いままなんだ。

志波の言葉に故郷に戻る。

実家があるのはいいことなのか?

母親役が余貴美子さん。お兄さんが山中崇さん。

お兄さんの「どの面下げて」って言うのがその通りなんだろうなぁ〜。

なまはげ存続の会とかそういう風習が残っている地域ってことで、何かあれば村八分になりうるってことで。

弟が逃げた後、兄や母はどうしていたのだろう?と思う。

2年ぶりに戻り、元妻を探し始めると同時に仕事を探そうとするが、ない。

夏井がその姿を見つけ、2年分の苦情を読めを突きつけるが、読むこともせず、謝って逃げる。

謝るって難しい。

たすくの謝るは軽い。相手には通じない。大人になろうとした第一歩の行動なわけだけど、それを教える大人がまた居ない。

教わることではないのか?

周囲を見て、身につけていくことなのか?

志波に仕事を求め「なんでもする」と言いながら、することは中途半端。

ことねを探しだしたが、ことねは再婚するという。

「ことねは再婚を止めてもらいたいと思っているはず」

なんだろうね。この勝手な思い込み。

ただ、娘に会いたいという気持ちはずっとある感じで勝手に娘の発表会の場へ行くが、3歳になった娘が会っても居ないのにわかるはずもない。

親としての感情があるから娘を求めてるのか?

娘に会いたいという気持ちが暴走する。

なまはげの衣装で一人、再婚相手の家庭へ乗り込む。

元妻はなぜか家に入れる。

娘に向かって「泣く子はいねぇが〜」を大声で叫ぶ。

実父として出来る最後のことだったのか?

なまはげの叫びをどう受け止めて欲しかったのだろう?

なまはげの叫びで泣く子供を支えたのは再婚相手の新しい父親で、その父親の覚悟を求めに行ったってことなのか?

佐藤快磨監督の

「ナマハゲ」は、子供をただ「泣かせる」ということではなく、親が子を「守り」、子を守ることで男の心を「父親にする」行事なのではないかと思い至りました。「ナマハゲ」を通じ、精神的に成長していく主人公を描くことで、「父親になるとはどういうことか?」を表現したいと思いました。

という言葉でそう思っただけだけど。

【映画 さくら】感想。いろんなことが厳しいね

犬は必要かもしれないけど

ストーリーをまるで知らず。WebのStoryを読んでもわからない家族だから難しいのかもしれない現実。

出演者の豪華さだけで観ようとしたのだけどね。

さくらが唯一の癒やし

吉沢亮、北村匠海、小松菜奈が兄弟妹ってすごい豪華!って、しかも親が永瀬正敏、寺島しのぶって、間違えないなって思うわ。

しかも・・・またね、加藤雅也さんがね、わからなかったわ。

「え、誰だっけ・・・知ってる。でも、え?誰?」な感じだった。

長男の一役の吉沢亮。次男の薫役の北村匠海、妹の美貴役の小松菜奈。

妹は兄のことが大好きな幼少期を過ごし、兄は妹を大切にしてきた。

物語は次男の薫目線で語られていく。

主演が・・・北村匠海なのか?

大学生の薫が帰省することから始まる。

2年ぶりに父親が戻るということで。

なぜ父親は出ていったのか。それを多分、丁寧に描かれているのだと思う。

最初の場面だけを見ているとダメな父親なの?って感じだったけど、最後は違う見方になる。

逃げなきゃというか、距離をおきたかったのだろうって。

薫だって、最終的には大学ってことで家を出たわけで。最後は女性二人が残っていたわけで。

長谷川一家で子犬をもらいに行くところから物語は始まる。

私はもっと犬の話かと思ったのだけど、うーん、癒やし的に必要だったと思うけど、もしさくらがいなかったら、もっとドロドロしたものになってた感じかもしれないから良かったのかな。

私の感覚は「ドロドロした家族像」

家族なんて正解はないし、同じ形式なんてない。

それでも、私はこの家族は嫌だなと思う。

子供が居る家庭の夫婦の営みって、日本ではあまり描かれない。

が、大阪ってことでなのか?子供が母親のあえぎ声を聞き、それは何?と聞くと、赤裸々に性教育を始める。

うーん。難しい問題。

日本という社会では性教育が未熟だからこそ、難しい。

成長した兄弟妹。

兄を好きなまま成長した妹の歪んだ感情を家族は気づきながら、何もしなかったのか?

そのことが最後は悲劇に繋がったわけで。

中学時代にレズと思われながらも否定をしなかった美貴。それでも、それは肯定でも否定でもなかったのだろう。

自分は一途に兄だけを想ってたわけで。

兄は彼女を家に連れてくるようになる。

最初は素っ気ない態度だった彼女も徐々に変化を見せるが、美貴は変わらない。

彼女が大阪から九州へ引っ越しをしなければいけない。親の都合で自分には何も出来ない。が、二人は将来までを約束するくらい真剣だった。

が、次第に文通が途絶え、電話も途切れた。

いつの時代?

まだ手紙のやりとり、電話って時代だから、家族内に良く思っていない人間がいればそれは起こりうることだろうと思うが、家族はただ彼女が離れたと思う。

本当はわかってたんじゃないかって思うのだけど。

父の元に女性名の手紙が届く。

母親は激怒し、娘は母の怒りを宥めるではなく、着火するかのように手紙を朗読する。

この辺りでこの娘は普通の感覚ではない。それを咎めない兄。

何も知らない父が帰り、中学時代の卒アルからその女性を指差すことに。

ここまでするもの?

こんな夫婦関係だって嫌だなって思うわ。

指差した先には男子生徒が。

そしてそのままその女性を家族全員で行くというところもかなり「?」だ。

そしてこの女性が加藤雅也さんだったのだけど・・・ついこの前「彼女は夢で踊る」で拝見したばかりだったけど・・・まるでわからなかった。

先子さんとなった彼は深い言葉を子供の彼らに投げかける。

一は先子さんに相談をするようになり、彼女のところに行くなら、全部自力で行くようにと言われたと二人に言う。

そこまで想っていることを美貴は面白く思っていないことがわかる。

一は夜に電池を買ってくると出かけ、大事故にあい、下半身不随と美形だった顔の半分が崩れた状態になってしまう。

が、それを喜ぶかのような美貴。

薫はそれを「子供に戻った」と表現しているが、この時点で家族は精神科へ行くべきだったのではないだろうか?

明らかにおかしいだろ?

子供に戻ったからと言って、やっていいことと悪いこと。そして言っていいことと悪いことがあるが、それがない。

階段の上にある家へ戻る。

それは幽閉されちゃうってこと?な感じだったが、まだ若い彼はさくらの散歩にも行けるようになる。車椅子で。

それでも人生には絶望するよね。

自分が幼少期にしていたように子供に逃げられるような存在になってしまった自分に。

母親の変な明るさ。

何も意見しない息子。

それ以上に見守っているような感情がないような父親。

どう見ても正常とは言えない娘。

そんな中で生きていくのって辛いと思う。

でも、それ以上にさくらが気の毒だ。

美貴は薫にランドセルを見せに来る。

その中には大量の封筒が。それは兄の彼女からの手紙。

それを読んで、返信してた美貴。

一番人間としてやってはいけないことじゃないのか?

そしてその妹の歪んだ行動で兄は大怪我を負い、この世を去った。

薫がやっと感情を出した。が、殴るという行動で。

この家族には「言葉」はないのか?

この家族のきちんとした「言葉」は幼少期の性行為の母親の「言葉」くらいしか思い浮かばないわ。

一の葬儀で、美貴は何も知らない少女のようにニコニコしている。

そして読経中にもフラフラ動く。

それを止めるのは薫。親ではない。

そして突然のおもらし。先子さんが様子を察知して表に連れて行く。

妹も助けてあげられない家族なんだなぁ〜ってことしかない。

そして、それに耐えられなくなった父親が家を出ていく。

娘のランドセルを背負って。

最後まで見たら「しょうがないよね」ってなる。

そして最初の父親が帰ってきたところに戻るのだけど、娘は正気になっているのか?

そして、最後はさくらである。

さくらの体調が悪くなり、大晦日の遅い時間に動物病院を探し回る家族。

それで絆が戻るって都合が良すぎないか?

まぁこの家族はそれで戻るような感じなんだったらいいのだろうけど。

この家族は嫌だわってことしか残らない。

そう思わせた俳優陣がすごい。

【映画 ドクター・デスの遺産】感想。言えない二人が凄すぎた。

驚くべき北川景子の体型

今年の4月に妊娠報告で9月に出産。で、もう体型が戻ってる。

この映画は線の細さが際立ってたわけで。

おぉ〜何も書けない!?

まぁ主演の綾野剛とヒロインの北川景子しか予告でも出てこない。

同じ警察に麻生役で石黒賢さん、沢田役で岡田健史、室岡役で前野朋哉と居るけど、ほとんどが2人。

子供の通報から明るみになった事件。

捜索をする中で湧き上がる

「誰が被害者なのか?」

安楽死は悪なのか?

「人には生きる権利と死ぬ権利が平等にある」

私はこの考えに賛同しかない。

医療の発展で生かされる人生は嫌だから。

それを請け負うことはそれでも「悪」になるのだろう。

その「悪」は誰?

まぁ納得なキャスティングだわね。

被害者遺族は助けられたと言う感情しかない。

医療の中途半端な発展で治癒しない病気で苦しめられている状況を止めてくれる。

介護される側、する側、どちらにもメリットがある。

それでも、それを故意にする行為は犯罪になるのだろうけど。

被害者遺族から徐々に情報が出てくる。

ドクター・デスと名乗ってる人物。

死の前に感謝を述べる動画撮影。

そこから出てきた女性。

看護師として立ち会っていた女性が最初に浮かび上がり、事情聴取をするが、主犯ではないと判断し、釈放される。

被害者遺族に主犯の似顔絵の作成を依頼するが、全員が少しずつ違う顔。

それでも北川景子演じる高千穂は基本に戻って絵を見て、一人の顔にする。

そこにあったのは事実なのか?

まぁすごかったわね。取調べ中。怖いわ。こんな人が居たらって思うくらい。

主従関係の違いが判明してからは、かなりハラハラする。

でもさ、綾野剛演じる犬養のようなすぐに物に当たるような刑事って今どき居るのか?

感情の上下が多いほど人は漬けこまれる。

その見本のような感じだったな。

まぁこの映画は綾野剛と北川景子よりドクター・デスが主役だわね。

ほんと変化が怖い。

最初は化粧っ気もなかった女優の顔が最後はオーラをまとった姿に変化する。

2時間ちょっとの映画だったけど、あっという間。

レイトショーだったけど、そこそこ入ってた。

誰人気?

【映画 461個のおべんとう】感想。親ってほんとすごいわ

お弁当ネタ

去年、篠原涼子、芳根京子の母娘で映画化された「今日も嫌がらせ弁当」の対極にあるような話。

井ノ原快彦と道枝駿佑の父息子の関係。

ただ、お弁当を父親が作ったって話だけど、尊敬する。

まず親に対する感謝を教えるべきだわ

こういう映画を観てて親ではない自分が思うのは、「なぜ子供は親の行為を無償だと思うのだろう?」ってこと。

そこに感謝をする心を育てないと、自分にされることは「当たり前」のことと思う大人になるだろう?って思ってしまう。

原作の渡辺俊美さん、実はお名前を知らなかったりする。

「TOKYO No.1 SOUL SET」ってグループも・・・まぁきっと音楽を聴けば、「あぁ」って思うのだろうけど。

そして原作の息子の母親のちはるさんはタレントさんだったってことで知ってたけど。

まぁよく、芸能界は二世が多いって揶揄されるけど、一番近い存在を見て育つわけでその道しか知らないのだからしょうがないわなって気もする。

まぁ女性同士よりも男性同士の方がもうちょっといい感じがする。

「毎日嫌がらせ弁当」なんて母親を無視しているのに、お弁当はちゃんと食べるとか意味分かんないって思ってたから。

高校生って誰でも大なり小なり親に対する感謝が一番ない時期?

あぁ息子役の道枝駿佑ってまだ高校生だったんだ。

「俺のスカート、どこ行った?」で初めて知ったけど、まだ線が細くて、一浪した高校生ってことだけど、違和感なく、自然だった。

高校生の1年違いって大きいんだろうな。

私の高校でも同じ中学出身だって言う1年上の人が同学年に居たらしい。(私はその人のことを知らなかったし、高校の時もクラスも別で交流はなかったけど)

親の束縛は子供にとっていいことではないけど、逆に「好きなことをやればいい」という放置もかなり困るだろうな。

子供には選択肢がまだ何もない。だから理想な親はいろんな選択肢を提示してくれて(強制でもなく)選択させてくれる感じ?がいいのかな?

高校受験のときに親が自分たちの都合で離婚って、やっぱりそれは酷だなって思った。

で、「別に高校行かなくてもいい」とかって言われても子供は困っただろうなって。

子供は子供で頑張って「高校に行く」選択をして、1年遅れで高校に合格したわけで。

そこからは親子の約束が出てくる。

親も子供が逃げたくなるだろうってことは想定してた?のか?

親子で逃げないような約束をする。

それが「俺は毎日お弁当を作るからお前は休むな」ってことだったわけで。

一般のサラリーマンであってもこの約束はキツイだろうな。

って考えると母親ってそれを専業主婦であれ、兼業主婦であれ頑張ってるのだから尊敬だわ。

バンドメンバーの鈴木一樹役の井ノ原快彦さんがとてもいい。

あぁ居そうな感じがする。

親子試写会の写真を見たら、あぁいい親子が2組って感じ。

難しい高校生の思春期を受け止めた父親ってことで。

一般家庭とは違うってことは子供にとってはちょっとキツイ?

父親はクリエイター気質でお弁当作りも楽しくしてしまう。

お弁当箱とか羨ましい感じだけど、受け止める方は・・・どうあるべき?

まぁ感謝がなくなっていく。

周りから言われてやっときづけるのだけど。

レパートリーが多くはないけど、それでも子供は「美味しければ毎日でもいい」と不器用に伝える。

高校の男の子なんてこんな感じなんだろうな。

きちんとした思春期、反抗期をして大人になった方が人間としていいのだろうなって思うけど、もうちょっと感謝しなよってつい思ってしまう。

親って偉いよな。

なんでこんなに自分を犠牲にして子に無償の愛を渡せるんだろう?

当初は年の差を感じてた同級生。

中学時代の先輩って存在は大きいんだよね。

それが同級生になり同じクラスになり、どうやっていけばいいのかって思うよね。

でも、お弁当でそこの部分も崩れ、章雄役の若林時英と友達になる。

ヒロミ役が最初、森七菜だと思わなかったんだよね。ロングヘアーのイメージより最後のショートカットの方がいいなぁと。

でも、森七菜のイメージがまだまだ固まらない。

現時点で「エール」の梅役、「この恋あたためますか?」の樹木とこの映画のヒロミと全部が雰囲気ごと違う。

一瞬誰だかわからない。

個性が出てなくていいのかもしれない。

それでもこの映画はほっこりする。

親の意地が息子を応援している。そんな感じ。

楽曲も心地良い。

最後の親子のハーモニーはとても良い。

Lookin' 4

Lookin' 4

  • THE ZOOT16 & 渡辺俊美
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

TEN 4 THE SUNSも。

KREVAさんもやついいちろうさんも本当にこの3人でバンドしてほしいくらい。

【映画 おらおらでひとりいぐも】感想。数年後の自分と重ねてしまう

寂しさと一緒に

田中裕子さんがほんとかわいいおばあちゃんなんだよね。

でも、まだ65歳ってことに驚いてしまった。

あぁあと20年くらいいろんな作品観せてもらえるのだろうなって。

もし自分が

夫だけを愛して、先立たれた人ってきっとたくさんいる。

その後、みんなどうしているのだろう?

やっと何かから解放されたと自由を謳歌する?

頼り切ってたら、「どうして私を置いて」と嘆き悲しむ?

桃子さんは、一人昔の自分と寂しさとのんびり暮らしてる。

寂しさが出ているときにはなぜか若かりし頃の桃子さんの蒼井優さんが登場する。

なんか田中裕子さんのセリフって・・・少なくない?

桃子さんの夫が東出昌大さん。結構、やっぱりなんだかんだ言っても需要あるのね。もし、東出昌大さんじゃなかったら誰になる?と思うのだけど・・・

さて、寂しさも3パターン居て、それぞれが個性的。

寂しさ1が濱田岳さん、寂しさ2が青木崇高さん、寂しさ3が宮藤官九郎さん

寂しいのか愉快なのかわからないわ。

桃子さんは3人に問う

「おめらだれだ?」

「おらばおめだ」と口々に言い、そしてなぜか音楽を奏で、踊りだす。

一人でも陽気なんだってことなのか?

見ててホッコリする反面、悲しさ、寂しさがそこかしこにある。

「あぁ自分はこんな生活耐えられるのだろうか?」

そんなことばかりを思ってしまう。

一人で壮大な世界観を持ったのはわかるのだけど、まぁ長い。

終着点がわからないから、どうなるんだろう?ただそんなことを考えてしまったり。

観る時間を間違えたのかもしれない。

この作品は、お昼時のゆったりとした時間に、喧騒を忘れてゆっくりと観なきゃいけなかった。

レイトショーで観るとね、ちょっと寂しさが伝播してくる感じがする。

近所に住む子供が自分が車を替えたことを人づてに聞いて、金の無心に来る。それが現実。

振り込め詐欺で250万取られた母親に、さらに塩をぬるような娘。

これが家族なの?

親は多くの時間とお金を子供にかける。

その結果がこれなの?

桃子さんは自由になれたことで寂しさを手に入れたってことなの?

現代社会の歪やら虚しさやらが籠もってるのだろうけど、桃子さんがキュートでもある。

半分以上は桃子さんの妄想だから。

一番怖いのは、起きるのをやめさせようとする「どうせ」役の六角精児さん。起きようとすると「どうせ・・・なんだから」と寝てたらいいのにというようなことを言うが、その声に打ち勝って毎朝起きる。

車のメーカーが岡山天音さん。

75歳の人にカーリースをすすめる。しかもグレー。

残ってたの?って感じだけど、

「遠くの息子より、近くのHONDA」って・・・

結局、そんなセリフすぐ忘れちゃって、桃子さんは傷つくのだけど。

最近、なんか見たことのある景色が多いなぁ〜って思う。

この辺が撮影地(隣近所の市)の作品が多いな。

【映画 彼女は夢で踊る】感想。昭和が消えるときが近づいている

リアルで感じるもの

ストリップ劇場に立つ人は不幸ではない。風俗ではないから。

誰も誰かに指図されているとは思えない。

彼女たちは表現者だから。

実話に基づいたフィクション

広島にあったストリップ劇場の閉館までの流れの話。

時代の波で閉館を余儀なくされても、閉館詐欺と言われても閉館出来なかった実際に居た社長の話。

その社長役が加藤雅也さん。

加藤雅也さんの印象がすごく変わった気がした。どういう印象だったかと言えば、もっと怖いイメージ。

それでもこの木下という人は若い頃が犬飼貴丈なわけで、その弱さというか、優しさを持ったまま社長になり、続けていたんだろうなぁって。

なぜストリップ劇場の社長に?ってことが若い頃の話から始まるのだけど、サラ役は女優さんなんだってことに驚いた。

本物の踊り子さんだと思うくらい魅力的だったから。

最後に締めを飾ったようこ役は本物のストリッパーさんだったんだ。すごいな。

ストリップ劇場には何がある?が根底にあったように思う。

バブルの頃、私はちょっとだけ危ないバイトをしていてそのフロアの下がストリップ劇場だった。

足元から振動が響いてきただけでストリッパーさんを見かけたこともお客様を見かけたこともなかったのだけど、それでも、そこにはそういう空間があった。

そして、私の知り合いにもストリップ劇場にはまっていると言う人が居た。

犬飼貴丈のような雰囲気の男性だった。

でも、純粋な人を虜にしてしまう何かがそこにはあったのだと思う。

一目惚れしたストリッパーの近くに居たいという気持ちだけで就職してしまう。そして、従業員になれば近くに居られるが、商品である彼女たちに手を出すことはご法度だということも知らずに。

彼は彼女の踊りを見ようとしない。

全国を巡る彼女たち。そんなことも初めて知った。

裸を見せるわけではない。表現する中で自分の身体を最大限使って魅せている。

お客様の中に女性の姿もあった。

AVとかとは違うものがそこにはあるよね。

劇場はどのくらい残っているのか?

最初、昭和が消えてしまうと思ったが、残さなきゃいけないんじゃないかって思う。

リアルな世界を感じられる世界を。