朝起きたら日常がなくなったら?
いきなり自分の生活に「電気」がなくなったら?
最初は自分だったらどうするだろう?を自問自答しながら観ていたような感じがする。
音のない世界になったら、どうなるのだろう?
お父さんはそういう人なんだから!
これはこの家族に限らない今ある日本の家族の縮図なんだろうな。
小日向文世さんのお父さんという存在は会社では一生懸命だけど、家の中では結局何もしない。こんな旦那絶対イヤだなって思いながら観てたもんね。
最初の方で電気が消えたことで東京でも星がすごいってシーンがあって、深津絵里のお母さんの手に手を重ねようとしたら、すっと避けられたりして。
自分だけ必要としないでって表現だったように見えたかな。
深津絵里もとうとう大学生の子持ちのお母さん役なんだねぇ〜。すごいお母さんだったよ。このお母さんも主体性がなくそれでも周りを見る事ができるからまだいろんなものを手にすることが出来るし、頼りないお父さんの代わりに知恵を色々出していく。
PQ高い人じゃなきゃだめよね。
この息子と娘も映画とは言え、大変だったろうな。清水富美加じゃないけど、この女優さんもほんと大変だっただろうな。それでも一番大きな役だったんじゃないのか?って知らないだけか?それでもこれから絶対出てきそう。
楽しみだわ。
この娘が大阪まで行ってお父さんに切れちゃうんだけど、お父さんはその口の利き方に「なんだ親に向かってその口の利き方は!」って昭和の親父色を出すんだけど(娘には言われ放題だけど、泉澤祐希の息子が切れたらって感じだったけどね)、お母さんが一言。
今更何よ。「お父さんはそんな人なんだから!」ってフォロー?してないよね。って。
それでも自転車だけで行けないでしょ。現実的にはと冷ややかに観てしまっていたわ。
大地康之さんを久しぶりに見たわ〜。お元気そうで良かった。この子どもたち、本当に初めてが多かったんじゃないのか?
井戸とか五右衛門風呂とか。最後には機関車まで出てきたもんね。
九州だからなのかな?
昔の人はどう伝達をしていたのだろう?ってくらい、現代人は情報伝達が出来ないのではないだろうか?と本当に思った。
途中で出てきた渡辺えりさんの質屋の女将さんもなんか今時いる?って感じで笑えた。
エンドロールに田中要次さんのお名前見つけたのだけど、どこにいただろう?
時任三郎さん、藤原紀香さんが小日向ファミリーと真逆のサイクリングを楽しむファミリーで。対比がすごかった。
原因は太陽フレアとか原因は結局わからないってことで終わるのだけど、太陽フレアの影響とかはないとは言い切れないよね。それでも乾電池さえも使えない世界で自分はどこまで生きていこうとするかな?とか思ってしまった。
それでも人間、その時になったら必死に「生」にしがみつこうとしちゃうのかもしれないけど。
最初は魚すらも捌けなかったのに、豚の解体をしたり、2年くらい鹿児島で生活することで、電気の戻った生活に戻ってもお弁当を持っていく、魚を捌いて食べるが普通になっている。
現代社会の歪を見直すために必要な題材だなってすごく思う。
映画とは言え、サバイバルな撮影本当に大変だっただろうなって思うし、映画の宣伝に小日向さんしか見てなかったんだけど、深津絵里も出てた?
息子、娘役の二人のこれからの活躍を期待してる!!!
世の中のお父さんという存在は何も出来ないと思ってたほうがいいよ。当てにするだけ時間の無駄だから。それでもいいと思ってついていくべし!