【ヘリ救助者落下】遺族敗訴

なぜ訴訟をできる?

2013年12月に富士山で起きた滑落事故。

そもそもそんな時期に富士山に登頂する時点で自殺行為。

運良く帰れる可能性が100%あるわけじゃない。

なのに。

遺族感情

ヘリコプターの救助作業で落とされたから亡くなった。

状況はそうなのかもしれない。

それでも、ヘリコプターがもし出動できなかったら?

救助を求めていたわけですよね?

自力で下山ができない状況になっている場面で藁をもつかむ思いではあったのかもしれないけど、それでも救助隊員さんだって自分たちの身の危険を省みないで出動してくれているということになぜ思いが及ばないのだろう?

標高約3500メートル付近で滑落。

ほぼほぼ山頂でしょ。

12月の富士山頂なんてすごい風だよ。

近づくのも本来大変だっただろうなぁ。

そんな状況だからきっと亡くなられた方も滑落されたのだろうけど、登山に行く人は自殺行為とほぼ等しいと思ってるよ。

しかも冬山。

絶対に下山できるなんて言い切れる?

毎年毎年、毎週毎週どこかの山で遭難報道がある。

そのたびに助けを求める人がいる。

でも、この訴訟で出来ないことはしない方針になっている。

3200メートル以上の地点へはヘリコプターで近づかない。

もしかしたら行ける気流のときもあるかもしれない。

それでも

良かれと思ってしたこと。

100%があるわけない。

それでもわずかな望みをかけてしてくれている行為に対して訴訟を起こすことがとても残念だ。

まぁ医療行為とかもそうだ。

その医療行為にわずかな望みをかけても100%なんてない。

確かに医療ミスはあるかもしれない。

でも、遅かれ早かれ、医療にすがらなきゃいけなかったのなら終わりだと思って生きたいと思ってる。

嫌な世の中だ。