【映画 泣き虫しょったんの奇跡】感想。奇跡は信じた人にだけ訪れる。

様々な出会いがあってのこと

将棋映画3部作。「聖の青春」を観た時には、マンガで「3月のライオン」を読んでいたくらいでプロ棋士の名前なんて羽生竜王以外知らなかった。

「3月のライオン」のときも同様で、それでも原作を読んでたこともあってとても感動した。

そして現役棋士の自伝の映画化。

将棋の世界を1年ちょっと見てきたから、余計に感じることが多かった。

泣き虫役が松田龍平?

瀬川晶司五段。

存在を知ったのは、昨年の藤井四段(当時)の順位戦の最初の対戦相手ってことで、サラリーマンからプロになった最初の棋士ってことでちょっとだけ知った。

でも、それ以上はなかった。

瀬川五段がプロになって自伝的に書かれた本。

夢を見ることの大切さが書かれているのだろう。

今の中高生の読書感想文にはとても良い内容だと思う。

しょったんと私は同学年だ。

だから、自分の当時を考えてしまう。

小学5年生に担任となった松たか子演じる担任の鹿島澤佳子先生。

勉強も運動も何も取り柄のない自分と言ってしまうような小学生。うーん、5年でそんな感じだと・・・って思ってしまう。自分は何でもクラスで1番だったと言っちゃうような小学生だったから。

でも、何も取り柄がないと思っている少年の中の「何か」を思い出させる先生。

休み時間に将棋をしているような時代。将棋盤とか持ち込んでたら、怒られるところもあるだろうけど、そんなことなくて、それが好きなことで強くなるために続けていることを褒める。

隣の家の野田洋次郎演じる鈴木悠野の存在もしょったんには不可欠だった。

隣の家に住んでいるライバル。そして、自分の夢を見続けてくれる両親。厳しいことを言うが社会の流れをきちんと教える兄の存在があって、長い閉鎖的な社会への入り口が新しく出来たことが本当に奇跡だったのだろう。

プロ棋士になってしまうと師弟関係がクローズアップされるが、プロ棋士になるまではまず最初の手ほどきをした将棋道場の存在が誰にでもあるのだろう。

藤井七段のふみもと将棋教室のような存在が。

しょったんは國村隼演じる父が将棋道場へ連れて行く。

煙モクモクの昔ながらの将棋道場。

とても子供が行くような場所には見えない。真剣師の人が多そうなイメージしかないんですけど。

それでも多くの大人にもまれて中学生となった二人は力をつけていく。

そこにはイッセー尾形演じる席主の存在も大きい。

ただの将棋好きなおじさんが場所を提供し、マナーや感想戦の大切さを教えている。

いろんな形があるのだろうけど、今いる棋士のほとんどにまず育ての親的な存在があるのだろう。

しょったんは奨励会へ行くことを既に決めていたが、悠野は「中学生名人になれたら」とトーンが下がる。

そして中学生名人トーナメントは1回戦から二人がぶつかり、しょったんが負ける。

悠野も決勝で負けてしまい、奨励会へはしょったんだけが受験する。

師匠は悠野の父の知り合いでもあった安恵照剛八段。

奨励会に合格し、将棋のプロへの道へ。

1984年に奨励会に入ったのか?

同学年の羽生さんがプロとなった頃に奨励会に入会したのだと思う。

本格的にプロを目指した年齢も小学5年生だしね。

バブル期が終わる頃に奨励会三段リーグ入り。

最高位が8位。厳しい世界。そこで年齢制限ギリギリだった勝又清和六段に敗れてズルズルと負けて、勝又六段はプロ棋士になった。それでも、勝又六段は既にフリークラスへ転出してしまっている。

三段リーグのシーンはどの映画でも必ず少しはある。

この映画では多分、大部分が三段リーグの浮き沈みだ。

まぁ4年8期在籍していたからだし、一番大きな意味がある場所だからだろう。

奨励会試験を受けて合格するのもきっと狭き門なんだろうけど、それ以上に年に4人になるのはほんとに奇跡以外にないように思う。

現在の奨励会の平均年齢が21.1歳。

上が25歳から下が15歳。

なんだろう?当時がなのか今もなのかわからないが、三段リーグの棋士の立ち位置の不安定さからなのか?とても異質な感じがする。

早乙女太一演じるストイックな奨励会員はしょったんの負けに「瀬川くんが負けるような相手ではない」と言いながらもストイックだが、三段リーグの指し手に疑問を抱き、退会する。

妻夫木聡演じる奨励会員も同様に「瀬川さんは自分とは違って才能がある」と言い残し退会する。

そして、新井浩文演じる清又勝こそきっと勝又六段なんだろう。そこで甘さの出たしょったんがプロになれず勝又六段がなった。それだけだ。

その秒読みをした永山絢斗演じる新藤和正は「なぜ指さなかったのか?」という。1分将棋になった清又はトイレを我慢出来ずにトイレに行っていた。その間に1手指してしまえば、時間切れで負けていたのは清又だったから。

そんな甘さを誰も認めることはない。

大人になった人間の奨励会での過ごし方は難しい。盟友という名の元にしょったんの部屋に入り浸り、思い思いに過ごす。

将棋に対しての姿勢が甘い。

そんな甘さのまま三段リーグを抜けてもプロで活躍を続けることは厳しくないだろうか?

全てのプロ棋士が9段になるわけではない。

早ければ五段でフリークラス入りとなる。

将棋のプロになる人はなぜか「名人になる」が合言葉のような感じだけど、フリークラスになったら名人にはなれない。

昇段はあるのか?

勝数での昇段は引退するまではあるものなのか?

藤井聡太は小学生時代、中学生時代、放課後に友達と遊ぶことはなかったといろんなところで記事となっている。

それがどれだけすごいことなのか。

脇目も振らずに将棋に打ち込んだってことなんだろう。

三段リーグではキレイな勝ちになることはないと妻夫木聡か早乙女太一のセリフにあったような。

私はプロ棋士になれる人はと言うよりも奨励会員になれる人は恵まれた人だと思う。

奨励会員になることをサポートしてくれた人、両親の応援があって初めて出来ることだから。

奨励会員になるための年齢制限がまずあるわけでそれは学校も就活もせずに「プロ目指すからニートになる」って言っていることと同じような・・・

まぁ、弁護士とか医者になるのと変わらないような気もする。

司法試験のために死に物狂いで勉強するためにサポートを受けているわけで、それでも合格できずに諦める人の方が多いわけだから。

26歳の誕生日で退会させられるのはとてもいい制度だと私は思う。

結局、年齢制限ギリギリで棋士になれている人は最後の最後でようやく運を掴んだってことになるけど、その前にもっともっと努力をすれば掴めていたのでは?って思えるから。

そしてしょったんも退会。9ヶ月引きこもり、神奈川大学を受験し、弁護士を目指す。

何にしても「資格」が必要なものを目指すのね。

一度は将棋から離れたものの「将棋」に戻り、伸び伸びと楽しく指すことで「らしさ」が戻る。

「なれるだろう」という慢心なのか?

アマチュアに復帰してアマチュア名人戦でアマ名人。

アマ名人となってプロの棋戦で勝ち上がる。

幼馴染のライバルだった悠野の存在、また中学生の頃に通っていた道場の存在。

そこで知り合った小林薫演じる藤田守と三浦誠己演じる新條耕一、鈴木九段、行方八段が賛同し説得に回ったってことらしい。

映画ではNGってシーンだったのだけど。

2005年5月に全棋士の多数決で編入試験の実施が認められたのだけど、当時の会長はちょうど中原先生から米長先生への交代時期だったのだけど、どっちだったのだろう?

まず、青嶋未来五段が奨励会三段役で登場って佐藤天彦名人だったの?それは大変だわ。

その次が神吉宏充七段がまっピンクで登場。まぁご本人登場ってだけらしい。

メガネのフレームまでピンク、扇子もピンク。

驚くわ。

次が豊川孝弘七段が久保王将役で登場。

久保王将はアマの対局シーンで既に出ちゃってるしね。

屋敷伸之九段が熊坂学四段(中原誠永世十段の「代打」)役で登場。代打って何よって感じだけど、まぁ当時の会長二人がするってことだったのか。

そして3勝し、フリークラス入り。その後3年半でC級2組へ昇級したらしい。

まぁ映画では編入試験が認められてプロ棋士と戦うシーンで終わるのだけど。

賛成した棋士、反対した棋士。

賛成した棋士はどう考えたのだろう?明日は我が身だったと思った?それともアマでも強い人を認めるべきだと思ったのか?

反対したのは誰?

苦労した人になるのか?プロになっても苦労している人なのか?

13年経過して映画化にまでなった。

泣くイメージのない俳優だった松田龍平がまぁ泣く泣く。

瀬川五段もそんな泣くイメージがないけど。

瀬川五段は昨年、藤井四段の最初の順位戦の相手だった。サラリーマンをしてからプロになった奇跡の棋士と史上最年少でプロ棋士となった二人の対局。

内容は中盤までは瀬川五段がリードしていたようだが、最後は連勝の勢いで藤井四段が勝った。

昨期、B級2組で降級点がついている。

今期はここまで2勝1敗。B級1組目指してきっと頑張ってくれると思う。

人は遅咲きの人と早熟な人といる。

将棋の世界だってきっとそうだ。

三段リーグは負けとうまく付き合って次を見つけられる人が抜けられるのかもしれない。

同類相憐れむタイプは同類に流される。

何かを成し遂げるためには犠牲にするものが必ずあるのだろう。

犠牲にしても成し遂げられない人にはその道はなかったと思うしかないのだと思う。