【映画 望み】感想。自分の子をどう信じ続けるか

岡田健史の高校生は・・・厳しいぞ

身長は高いし、顔もはっきりしすぎてるから高校生役。しかも高1は正直、見ててかなり違和感しかない。

大学生役なのかと思ったわ。

あぁそれでも2年前に中学生役をしてたわけで・・・それよりはまだ・・・?

幸せな家族の形を継続するには

最近、家族をテーマにした映画が増えている。

その度に思うのは、子供とは投資なんだなってこと。

投資したものが回収出来ないにしても不良債権になったらそれまで築き上げたものが一瞬で終わる。

ただ、子供に投資するとして、子供は成長する。そこにはお金だけではなく人間形成に必要ないろいろなものが求められるが、だんだんと意思疎通が取りづらい時期がくる。

何か起これば親は思うのだろう。

「うちの子に限ってそんなことはない」

普通に投資して育ててたら言いたくなるセリフなんだろう。

自分が信じてきたものは信じたようになっているものとしか見てないのか?

難しいね。

父親が堤真一で母親が石田ゆり子。

息子が岡田健史で娘が清原果耶ってどんだけ出来上がった家族でしょうって感じ。

一級建築士として成功している父親。フリーの校正者をしている母親。

自分がデザインした家で幸せな日常だったはずが、息子の様子がおかしいことに気づきながらも膝の怪我でサッカーを挫折せざるを得なかったからだろうと思うくらいで、深く入り込めない。

顔にあるアザに気づきながらも何も聞けないし、聞いても答えないだろ。

親子とは言え、子供も距離を持つ時期が来る。

突然、息子が帰ってこなかった。

テレビでは同じ学校の生徒が刺殺体で見つかったことがニュースで流れる。

連絡がつかなくなった息子。

マスコミは加害者として報道を始める。

自分の息子は加害者なのか?

被害者となったのは父親の仕事関連の方の孫だった。

報道が過熱し、父親の仕事にも影響が出てくる。

そのうち、被害者はもう1人居るらしいということが流れる。

自分の息子は何も出来ないから被害者じゃないのか?

父親の心境は複雑だ。もし加害者だったら?自分の築き上げてきたものはなくなるのだろう。

娘には「雅は雅でいい」とは言うが、母親は「どうなるかわからないと思ってなさい」と冷たく言い放つ。

現実を見ているのはどっちなんだろう?

母親は生きて帰ってきてくれたらそれでいい。

ということは、加害者でもいいと思っている。

マスコミ報道、そしてSNSという凶器が家族を追い詰める。

なぜ多くの人が正義をかざして凶器を突き立てる?

その権利がある?

マスコミもそうだ。結局、誤報道に対してどう考える?

父親は揺らぐ。

母親も揺らぐ。

それでも、父親も母親も育ててきた自分の子供が加害者である姿をまるで想定出来ない。

そういう育て方をしてきたのだろう。

子供も態度は素直に出せなくなったものの、親の言葉には影響を受けている。

良い家族だ。