【映画 クライ・マッチョ】感想。クリント・イーストウッドは・・・

91なの!?

この映画の脚本自体が1970年代にあって、その後、何度も企画があって、その都度完了しないまま・・・

イーストウッドが演じるまで結局待ってた感じなのか?

シュワルツェネッガーだったら

10年前にシュワルツェネッガーで話が進んだらしいが、彼のスキャンダルでまた立ち消え。

イーストウッド自身が監督、主演することで結局収まった作品ってことなのね。

でも、イーストウッドにあてがきされたような印象さえ持ってしまった。

アメリカとメキシコの往来って結構安易なの?って印象。

91とは思えない。撮影時はまだ89くらいになるのか?

それでもなんで動けてるの?な感じ。

さすがに馬に乗るシーンはスタントマンだよね?

メキシコの映画ってどうしても薬物絡みが多いイメージで、今回はほんと逃げてるのは逃げてるのだけど、すごく健全。

一応、恩人の頼みを聞いて、実子誘拐をさせられるマイク。

あまり良い人物ではないとは言え、苦しい時代に雇ってもらったということは事実なんだろう。

それでもアメリカ・メキシコでは実子誘拐は犯罪意識が高いのだろう。日本はまだそこまでの重さを感じない。

まぁ国をまたいでってことを考えるとすごいなって感じだけど。

母親に虐待されている。

父親はそれをマイクに言い自分のところへ連れてくることを要求する。

メキシコの成功しているのか?豪邸に住む母子。

母親はマイクを誘惑するが、マイクはそれには応じない。

まぁそれを考えるとやっぱりイーストウッドは年を取りすぎじゃないかと思ってしまう。

30年前にオファーされたくらいだとまだ年齢的に早いってことだったけど。今は遅すぎじゃないかと思うわ。

闘鶏用のニワトリとストリートで生活をしていた少年、ラファ。家にいるよりもストリートの方が安全だと言う彼は気の毒だ。

父親が待っていると言ってもすぐには信じない。

大人を信じられないようになっている彼が次第にマイクに心を開いて行く。

メキシコでは車が落ちてるってことで勝手に乗っていくことはいいのか?って感じで車の盗難で追われない。

闘鶏のマッチョはすごい慣れていて、いつも一緒に居る。

検問があり、立ち寄った街で彼らが寄ったお店で警察からかくまってもらう。

マルタはその後も彼らを気にかけて助ける。

マイクとラファの乗っていた車が壊れてしまい、その街に留まることに。

そこで馬の調教などをしていたら街の人から頼られるような関係になっていく。

が、追手が迫る。

その街で暮らしたいと思う気持ちと父親と生活をしてみたいと思う気持ちと。

マルタとマイクは次第に惹かれていく。うーん、「マディソン郡の橋」を観ているような気分だわ。

イーストウッドの恋愛ものってそのくらいしか印象にないからなぁ〜。

マイクはラファを国境まで送り届ける。

自分はテキサスに戻らず、マルタの元へ。

そういう結末かぁ〜。

すんなりとハッピーエンドって感じで驚くが、それにしてもイーストウッドがまだまだ作品を作ってくることに感動する。