【映画 "樹木希林"を生きる】感想。お互いに覚悟の1年

1年の密着取材の難しさ

この映画の断片は多分、去年少しだけテレビで出ていたのではないだろうか。

まさかこんな長丁場の一端だったとは思わなかった。

そして、樹木希林さんが最後の1年を許したことがとても意外だった。

言葉の重み

私の樹木希林さんの最初の記憶は「おばあちゃん」役だった。だから、私は樹木希林さんはもうお年を召した方なのだと思っていた。

小学生の頃、おばあちゃんが郷ひろみと一緒に踊りながら歌っているのが衝撃的ではあった。

そして中学生くらいになると、私の感じていた樹木希林さんがどんどん若くなっていくことが不思議だった。

高校、社会人になるくらいになってやっと、若い人がおばあちゃん役をされていたことを知った。

その頃のマスコミの報道は樹木希林さんに対してそんなに好意的なものではなかったように感じてもいた。

感性の鋭い人

いろんな意味で感性が鋭く、自分に対しても他人に対してもきっと刺していたことや内田裕也さんとの関係を面白おかしく書き立てていたという印象しかない。

昭和から平成はフジカラーのCMの印象しかない。

希林さんの出演されている作品だからと言って観ることもなかったし、あぁこの作品に出られていたんだくらいしかないのが本当のところだ。

私がアラフォー、アラフィフになるに従い、樹木希林さんの生き方にとても興味が湧いてきた。

特に2010年以降、2013年に「全身がん」であることをアカデミー賞の授賞式で発表されたことがきっかけだったのかもしれない。

女優さんという概念が他の方と違う女優さん。

年を取ることを楽しみ、そしてありのままの自分をさらけ出すし、そしてきちんと役を理解してから演じようとする。

自分をよく見せたいという意識ではないことが伝わる演技。

2013年にアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞された作品「わが母の記」を実は観ていない。

2012年、樹木希林さんは「ツナグ」にご出演されていて、それを観た。「わが母の記」は重く感じてしまった。まぁ「ツナグ」もある意味重たいのだけど。

2018年からは全部の作品を鑑賞した。

その前までは1年に1,2作の出演だったのが、すごい勢いで出演されていたから。

なにか感じたのだろう。

まず「モリのいる場所」が公開された。

このドキュメンタリーは「モリのいる場所」の撮影からの密着となっている。

NHKだから出来たのか?

希林さんはこの監督木寺さんに何を感じたのだろう?

1年の密着。

人生を迷い始めた人間が言葉を持っている希林さんの劇薬に触れて冒されたような関係。

人生の迷いを希林さんにぶつける。

希林さんの言葉は彼にどう響いたのだろう?

「何がしたいの?」

希林さんの問いかけに黙り込む間。

そこで切り替わる映像。

最初の1ヶ月はまだお互いを知る段階だからまだ良かったのだろう。

それでも半年も過ぎた頃になると希林さんの問い詰めが厳しくなっていく。

「モノを作るために私に密着してるのでしょ?何を作りたいの?」

半年一緒に居て何も見えない彼に希林さんは問いかける。

まぁ一般の人は、その問いかけで「あ、自分は嫌われた」とか勝手に解釈して関係を断つ方向になるのだろうが、この監督にはとりあえず「鈍感力」があったらしい。

1年の密着とは言え、2ヶ月とか会えてない期間があったようだが、それでも最後の最後まで希林さんは彼に自分の最後を託したんだなってことがわかる。

希林さんが他界し、NHKスペシャルで放送されてから1年ちょっと。

2時間弱にまとめられた希林さんの言霊。

仕事の中で妥協しない厳しさを向けられたヘアメイクさん。

監督さんたち。

それでも希林さんの言霊は生きている。

私は昨年の希林さんの葬儀後の也哉子さんが紹介してくださった希林さんの言葉

「おごらず他人と比べず面白がって平気に生きればいい」

を自分にも言い聞かせるような生活をしている。

「モリのいる場所」の舞台裏がかなりあり、再度観たいと思った。

1年を凝縮すると日々、小さくなっていくような希林さんが居た。

全身がんの状態は普通の人に耐えられるものなのか?

希林さんのような生き方を理想とするのはいいが、それは希林さんだからの良さであって私は私の生き方を模索しなきゃだなとつくづく思った。

これで樹木希林さんが終わってしまったような感じでもあるが、作品は永遠に残るからこれからも楽しんでいきたい。