将棋界の師弟
- 作者: 野澤亘伸
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2018/06/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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1年前に初めて将棋を知ったのはまず杉本先生が弟子についてインタビューを受けたものだった。
将棋の師弟という関係性は親子でもあり、先輩でもあり、ライバルにもなる。
そんな関係が書籍になった。
6組の師弟の物語
師匠の年齢は最高齢が70歳の石田先生。最年少が深浦先生の46歳。
弟子は糸谷先生の29歳。最年少が藤井先生の15歳。
おじいさんと孫の年齢差の関係から親子のような年齢差と。
それでも伝承するという世界の良さと強さと。
師:谷川浩司 弟:都成竜馬
改めて思ったのは現在、中学生棋士で師匠になっているのは谷川先生だけで、その唯一の弟子が都成先生。
すごいことだな。ある意味。
小学生で自分の人生を決める彼ら。都成先生も小学5年生で谷川先生に手紙を出す。「弟子にしてほしいです。」
選択権は弟子にある。
師匠は自分からスカウトすることはないという。「必ずプロになれる」とは言い切れない世界だから。
奨励会に入りながらもプロになれない人を多く見てきているのも事実だ。
だから、おいそれと人の人生の責任の片棒を担ごうとはしないだろう。
そして谷川先生と言えば、二人目の中学生棋士である。一人目の加藤先生、3人目の羽生先生、四人目の渡辺先生はまだ弟子はいない。
取っていないという言い方になるのだろうと思う。
将棋の世界はただ強いだけでは生きていけない世界だと思う。
都成先生は将棋の世界に入る段階ですごい運を引き当てた。
都成先生が最初に「弟子にして欲しい」と言ったのかどうかはわからないが、タイトル戦を戦い、忙しくしていた谷川先生が彼の手紙で「そろそろ人を育てる時期」と思ったのも、きっと何かの縁なのだろう。
都成先生は小学生時代から非凡なものはあったのだろう。だから谷川先生は弟子とした。
そこから神戸と宮崎の文通による添削指導が始まる。
なんて贅沢なんだぁ〜!!!!
今のようにネットの時代じゃなかったのだろう。自分の棋譜を谷川先生に送り、その添削を受ける日々が始まる。
そして達筆で厳しさの中にある優しさを感じる文面。
棋士の割合を見ても将棋会館がある東京・大阪近辺の棋士の比重は高い。
地方出身者にとっては棋力をあげるだけでも大変だろう。
都成先生を知ったのはちょうど1年前の藤井聡太先生との対局だ。
藤井先生とは逆に年齢制限ギリギリでのプロ入り。その後は中学生棋士との対局全滅という結果。
でも1年を通して感じたのは、奨励会で苦労し、プロ入りすぐに別な面で目立ってしまっているけど、無駄ではなかったのだろうと思わせてくれた。
2年目でC級1組への昇級。勝率だって悪くない。
これから爆発することが大いに期待される。
早く師弟対局を見せて欲しい。
谷川先生と対局をするには都成先生がすごい努力が必要となるだろう。
それでも藤井先生の憧れの先生を師匠に持っている都成先生には同じ関西ということで、より一層頑張ってほしいと思う。
都成先生の奨励会時代の谷川先生はほんとに多忙だったと思う。
それでも弟子が誕生したことはきっと一番嬉しかったのではないだろうか?
時間がない師匠と弟子の関係性は目に見えない「絆」で結ばれているように感じた。
師:森下 卓 弟:増田康宏
増田先生は言わずと知れた「29連勝目を献上した棋士」
森下先生は弟子に対して藤井先生のところにいるべき棋士だったと信じている。
そして「君は、羽生さんを超えるんだよ」と。
私が思う強さの根本的な考え方が増田先生にはない。今風と言ってしまえばそれまでだけど、それは豊島先生にも感じるもの。
「自分の信じた道しか信じてない」
記録を録ることを進められながら結局は録らなかったとか、師匠が四段になった年齢より自分の方が早かったとか。
彼の気持ちの中にあるこの辺のものが今後の成績に深く影響しそうでと思うのは昔の人間なのだろうか。
森下先生が言わんとしていることと自分の時代が同じだから余計なのだろう。
それでもプロ棋士はみんな強い。ではタイトルを穫れる獲れないはどこになるのだろう?
中学生棋士になれるはずでなれなかった人間となれた人間と。
増田先生の場合はやはり自分から師匠を選んだというより通っていた道場で紹介されたというのが絆の弱さに感じる。
増田先生は多くのプロ棋士を排出した八王子の道場。雨の中八王子まで来てくれた師匠。
それでもなぜか反発する若者というようにしか思えないのが残念だ。
全ての師弟にジェネレーションギャップがある。それでもこの師弟ほどそれが顕著に出てくる師弟はないのではないだろうか?
加藤一二三先生は大人になって師匠を変更したと聞く。
増田先生もそうなってしまうのか?二人の関係性がもったいないと感じてしまう。
もう少し大人になればわかるのだろうか?師匠の伝えようとしていることが。
それがわからないうちに彼のタイトルはないのではないだろうか?と思う。
私は増田先生の本音で語る姿は実は好きだ。それでも「羽生さんを超える」ためには人の意見を聞き入れる許容性が絶対的に必要なことではないだろうか?
師:深浦康市 弟:佐々木大地
深浦先生と佐々木先生の絆はまたとても感じる。深浦先生の佐々木先生への深い思い。それをしっかりと受け止めて尊敬する佐々木先生。
佐々木先生の将棋には深浦先生の良い部分を多分に感じる。
棋風が似ていると素人ながら感じる。
それは相手が嫌になるくらい粘り強く指すということだろう。
佐々木先生の幼少期は過酷だったということを初めて知った。
長崎の対馬出身ということだけでも奨励会までは棋力を上げるのは大変だったのでは?程度には思っていた。
それでもこの本に書かれている深浦先生と佐々木先生の初対面の描写は衝撃的だった。
今の佐々木先生からは想像もつかないような感じ。
拡張型心筋症を発症した状態での弟子入り志願。
佐々木先生のことを「雑草魂」と書いた記事は見たことがあった。が、まさかこんな大病をしていた先生だとは想像もしなかった。
藤井先生に勝った棋士。藤井先生に勝つ棋士と負ける棋士にはそれぞれに特徴があると思う。
昨年の9月、藤井先生の成績が安定してなかった唯一の時期ではあったが、かなり藤井先生対策をしてきていたのではないだろうか。
そう感じた。だから深浦先生に負けた時のような悔しがり方はしてなかったくらい。藤井先生としても勝てると思った将棋に負けると昔同様の悔しがり方をするってことを知ったのだけど。
佐々木先生は不屈の魂が宿った棋士なんだろう。
そして師匠の深浦先生も苦労の人。そんな二人はお互いの存在がこれからもプラスになっていくと思う。
師:森 信雄 弟:糸谷哲郎
まぁこの関係性も面白いと思う。
上の3組は一対一の関係。森先生門下は大人数。そしてその中でも糸谷先生と言うのは将棋界全体を見ても他の棋士とはちょっと違った感じ。
天才
「今の将棋界は斜陽産業です」
普通の棋士はただプロ棋士になりたいと言う思いしかない。将棋が好きだから?ってことだけで奨励会で苦しい思いをしてプロになる。
そこがどんな世界かなんて関係ない。
ただ、将棋でお金がもらえたらいいのだ。
しかし、糸谷先生は新人挨拶で突然言ったのが「斜陽産業」
18歳高校3年生が発した言葉。そして彼は大阪大学に進学し、大学院まで行ってしまう。
師匠としたら将棋だけを考えたら彼はとてつもないところまでいけるのにと思っただろう。
それでも森先生は弟子を尊重する。
押し付けない。
森一門の長兄は故村山聖さんだ。
「聖の青春」は森先生のお人柄が嫌というほどわかる。弟子のパンツも洗える師匠。それだけでも心の深さを感じる。
その師匠を慕った棋士が多くプロになっている。
「将棋を教えてはいない」
それでもプロになる棋士が多いのはどういうことなのか?
糸谷先生はどうやったら将棋界が活性するかをまず考えている。
将棋が強いだけでは衰退することがきっと見えている。
大山先生、米長先生、羽生先生、時代時代で一人の先生の名前でだけ盛り上がってきていた将棋界。
昨年からは藤井先生だ。
それでもそれだけでは駄目だということを知っている。
ブームでは終わらせないようにするには?今の糸谷世代の先生が試行錯誤をし、盛り上げている。
DJダニー
年末の番組を見て、この人は何なんだろう?と思った。
私はあまり藤井先生以外の棋士を知らなかったから。
この本を読むと納得する。糸谷先生がしたいこと、使命のようなもの。
将棋界への入会を認められるのは年に4人。その4人が「引退」まで考えなければいけないことは、本来ならいかに「引退」を未来にすることなのかもしれない。
それでもそれではいけないことを今の若い人は感じている。
なぜだろう?
自分のことしか考えていないように思える時代に未来まで考える思考にどこからなったのだろう?
糸谷先生と同じように中村王座、高見叡王両名にも通じるものがあると思う。
森先生が目指している普及と糸谷先生方が目指す将棋界の未来。
双方がいい感じできっと進んでいく。
師:石田和雄 弟:佐々木勇気
石田先生一門も多くのお弟子さんがプロになっている。
その中で目の中に入れても痛くないんだろうなぁって言う存在が佐々木先生だろう。
佐々木先生も私の中では藤井先生絡みで早くから覚えた棋士だ。
藤井先生に対する勝ちへの執念。研究。
負ける要素が見つからなかった昨年の7月2日竜王戦決勝トーナメントの2回戦だったと思う。
藤井先生は29連勝の記録を樹立したあとの対局。30連勝がかかっていた。
それをきちんと壁になった佐々木先生は素晴らしかったと思う。
それを電話取材で喜びが溢れていた石田先生。その時からいい関係を感じていた。
石田先生門下にはつい最近タイトルを獲った高見叡王が居るが、そのお祝いの言葉にも「勇気くんが最初にタイトルを獲ると思っていた」と書いてしまうくらい石田先生の勇気くん愛は止まらない。
それをしっかりと受け止めている佐々木先生。
自分たちの将棋を酒の肴にしていることを知っているから最後に粘る。
師匠に美味しいお酒を呑んでもらいたいから。
しかし、師匠がいてもたってもいられずに将棋会館まで行ってしまうとなぜか勝てないというジンクスがあると言う。
高見叡王もまさか来ていると思ってなかったから良かったのか?
石田先生の将棋道場は年配の方から小さい子までがいる環境。きっと多くの人が子供を育む環境で育っていくのだろう。
そして佐々木先生の師をいたわる気持ちが本当に伝わってくる。
師:杉本昌隆 弟:藤井聡太
私の興味のほとんどが藤井聡太という少年だったと言っても過言ではない。
最初はまだAbemaTVとか知らなくて、ワイドショーで取り上げられていた昼食や師匠の杉本先生が最初に目にした存在ではあった。
「羽生善治」は実在してないんじゃないか。同年代のプロ棋士は架空の存在のような感じだった。ニュースのタイトルにはなっても存在が見えることがまずなかった時代だったから。
それがニュースでは対局の開始を放送し、昼食メニューを放送し、中学生だけど、大人の世界で頑張る姿が映し出され実感が湧いた。
師匠がまず私が興味を持った存在ではあった。
弟子ではあるが自分の息子のような年齢の少年に対する思いを語っていたのだと思う。
ある種リスペクトした感じでもあった。
藤井先生のために苦労をした1年間だったのではないだろうか?
突然プロ棋士なのに芸能人的な扱いを受けなければならなくなった弟子を気遣い、マナーもルールもない世界の人間にもしっかりと対応してくれたことが今の藤井人気を支えている。そんな気がする。
これがもし自分のことしか考えない師匠であったら、将棋の人気は昔のままだっただろう。
この1年で増えた「観る将」という存在は半減以下になっていたのだろうと思う。
この師弟関係は今更って感じではあるが、また違った視点で描かれていて良かった。
この本では師匠杉本先生の師匠から受け継げられてきている思い
「名古屋に将棋会館を」
ということが軸にはなっていると思う。
そして杉本先生の思い。本来なら奨励会で苦しむ時期だが、それを1期で抜けてしまった弟子に今掛けられる言葉はないという。本当に話ができるのは彼がお酒を呑めるようになった時ではないかと。
それはきっと「将棋」というもの以外の「人間」として必要なものを伝えたいのだろう。
それを伝える前にもしかしたらタイトルを獲ってしまうかもしれない。
それでもタイトルを獲っても彼はきっと師匠の言葉に耳を傾けると思う。
まだまだ棋士人生は長い。勝負の世界で必要なことはもっと先に落ちているかもしれない。
それを伝えようとしている師匠。
今は自分で切り開けるところまで切り開いていける。それを見守る師匠。
「名古屋に将棋会館を」
藤井人気にあやかっているだけの話ではない。
これは板谷一門の悲願。東海地方にタイトルを!と同じくらいに受け継がれていること。
なぜ「名古屋」に必要なのか。
名古屋も将棋人気は高い。それでも奨励会に行くために遠征しなければならないことへの負担。
家族の協力がなければ埋もれてしまう才能がきっとある。
金銭的にも時間的にも。
だから少しでも多くの子供がプロになるためにその可能性を広げるために必要なんだと言うことがわかる。
藤井人気にあやかって県・市が前向きになったところで動く話ではない。
それでも将棋が強いだけ、個人の成績だけを追い求める棋士に未来はない。
そう思っている。それは藤井先生も認識しているから人間的な魅力を多くの人が感じるのだと思う。
大学まで行った棋士が表舞台に出て将棋以外の世界で将棋の魅力を伝える努力をしている。
それらの棋士がもしそういう活動をしなかったらもっとタイトルが近づくのか?
ただただ自分のタイトルのために将棋をしている棋士に魅力を感じるだろうか?
羽生先生が多くの人から共感を得られるのは宇宙人なんじゃないかというくらい将棋以外のこともされている姿がわかるからじゃないだろうか?
それでいて将棋も強い。将棋に対する姿勢も衰えない。
諦めない。
私はできれば藤井先生もそんな棋士になって欲しい。
ただ将棋が強いことだけを追い求めるのではない人間的に許容量の大きい人間に。
羽生善治 特別インタビュー
羽生先生、ご家族のTwitterで本当にご多忙な日々をお過ごしのことが見て取れる。
名人戦のタイトル戦に出られると思わずに入れた仕事が全てぶつかっても全てに手を抜かず、きっとその時に入ってきた仕事もされてなお、タイトル戦に挑むという。
自分の師匠の話。
弟子をとらない理由。
なるほどなぁ〜な感じ。
あっという間に読み終わってしまい、何度も読み返したい人間関係。
今の時代に必要なものが書かれているように思う。
全ての棋士が持つ師弟関係。それぞれにきっと物語があるだろう。
簡単になれる世界じゃないからこそある葛藤や不安。
この本では師匠がメインになっている部分も多い。
師匠の師匠との関係やプロ棋士になるために現代の人たちよりももっと強い意識や負担がなければなれなかった時代背景。
それでも将棋界の中のゆるい空気感はあったり、今の時代にはそぐわなくなった時代背景なども書かれている。
また20年後、30年後はどうなっていくのだろう?
弟子の皆さんも弟子をとって師匠となって継承していくのだろう。
どうなっていくのか。見ていきたい。