諦めない
去年からキャリアチェンジに向けてWindows系からMac系にシフトチェンジするために様々な努力。
でも、きっとまだ足りないらしい。
今までで一番勉強した
私がプログラマとしてスタートしたのはバブルの終盤。
就職した会社はソフト会社。まぁ外駐専門で自社には経理の人しか居ないような会社。
最初の1ヶ月は研修用の会社に出された。今はそのビルすらもない。
そこにはいろんな中小企業の新人が集まって40人くらいでCOBOLの研修。
まだパソコンが一人1台って時代でもないから、コンパイルしたらエラーが山程、プリントアウトされて全部が止まってしまうような時代。
半年でバブル崩壊。そんな使えない新人を受けつける会社はなく、私は仕事もないまま半年を過ごしていた。
でも、お金もらっていたからいい時代ね。
しかも会社は情報処理2種のための研修まで行かせてくれた。
が、2種ってね、プログラムもわからないのに、基礎知識とかも大学レベルなわけ。全然わからない苦痛の場所だったわ。
今思うとすごい会社だったな。うん。
ちゃんと行かなくてゴメンナサイ。
半年くらいで、違う会社で人が足りないって言う仕事でCADオペレータの仕事が回ってきた。
これで私は5年くらい生き延びた感じ。
その仕事でパソコンが与えられ、パソコンが当時は会社に1台って時代だからパソコン仕事が全部私に回ってきた。
パソコンはリースですごいオタク系の人がいろんなソフトを入れてくれた。
まだMS-DOSの時代。もう1台のパソコンにWindows3.1を入れてくれて、初めてExcelを体験した。
MS-DOSパソコンは一太郎とLotus 1-2-3。
誰も教えてくれないから、一太郎で仕様書を作ってと言われて、保存するときにファイル名を変更しないで、その下に解説とかって言うのがあってそこだけを変更して上書きしててパニクるとか。
でもね、ソフトなんて「習うより慣れろ」だと思う。失敗すれば次はしない。なので、パソコンにいろんな面から慣れていった。
Windows95が発売されて時代が変わった。
って言っても会社にパソコンがいきなり増えるわけではないし、出来る人が増えたわけでもない。
私はOfficeに入っていたAccessに興味を持った。
通っていた整体の管理システムがAccessだってことを知って、自分にもできそうな気がしたっていうのが本当で、本屋さんで立ち読みをした。
そこで「販売管理」が書かれたいる本を買って、会社で作り出した。
CADオペレータしていた会社は一応商社って分類で、伝票管理をしている会社だったから、必要になると思ったんだよね。
大体、営業マンのモラルの低さで3枚綴の伝票が1枚なくなってるとかあるんだから。
プラス、不良在庫の山とかね。
オーダーミスなわけ。そんなことを2年くらい体験したのでシステム化するべきと思っていたのだけど、まだまだ時代はそこまで進まず、先輩に言われた言葉は
「システム化するということは人をリストラすること」
だって。そんなことないだろうって思ったけど、社長は私のやることを認めてくれたけど、先輩は経理の人だったから結局は経理の人の言いなりで、私が会社を辞めた。
まぁ泥船化しつつあったのを感知した自分が居たのだろうと思う。
その数年後には他の会社の融資を受けて実質経営者が交代したりしたみたいだから。
そして私はAccessVBAを派遣会社で派遣された会社で試させてもらった。
Excelで管理していた工数管理をAccessにしませんか?ってソフトを購入してもらって作っちゃったりして。
でも、初めて作ったそのシステム案外生きてたらしくて10年後くらいに連絡を取り合ったら、まだ使ってるって言われて嬉しかった記憶がある。
そんな感じで30直前にやっとソフト会社に就職。
でも、そこの会社は1年で辞めた。大体、そこの社長さんに面接で言われた言葉が「脳みそは25から死ぬ」だったからね。
三十路前ですが、もう駄目って言われた感じでしたが、まぁ採用していただきありがとうございますでしたが、まぁ空気に合わせることが出来なかったってことです。
そのまま放浪に出てそこでASPを教えてもらって、2001年からASPでしばらく食いつなぎました。
PHPしておけば良かったと今は思ってる。うん。
まだASPのままの会社多いのだけど、未来を全然感じない。
大丈夫なのか?この先、ASPを誰が面倒を見るんだ?がこの2年半に感じたこと。
2000年代は.net frameworkの時代。
まずVB.netから始まって、ASP.netになった。
2012年からはC#.net。
じゃあ、これらは経験ありで採用されたかって言えばそうでもなく、「人が居ないから」ってことで最初は真面目に何もわからなくて本当に大変だった。
コンポーネントって言葉の意味すら知らなかったから。
オブジェクト思考とかもだけど、それが何を意味しているのかきちんと理解したのは今年かもしれない。
ただ、なんとなくパクって増殖してきたエンジニア生活。
パクリ元が最悪だったら最悪が増殖されたと思ってもらってもいいのだけど、そこにはたまに「いい」ものがあって、それを覚えているからそこまで悪いものを増殖したって感じではないと思っている。
一からするなんてことはほとんどないでしょ。
なのでどうにか出来るし、いいエンジニアの居た後だったら、参考になる書き方が習得できる。
が今までの話。
今年になってキャリアチェンジをしたくてまずLAMPだ!ってことで、最初は「Python」。次が「Ruby」
でも、習う最初には良かったと思う。
先月からは「PHP」
これは就職した会社の得意とするところが「PHP」ってことでそれをしていたら、どうにか仕事を取ってくるのかと思ったからなんだけど、実情は全然別。
まぁーず、この就職活動が成功だと思うかどうかはきっと「我慢」をしていかないとわからないのかもしれない。
まぁ新卒最初の「何もしなかった」よりはマシか?って思うけど。
何もしなくてもお金もらえることもある。
でも、キャリアチェンジ出来るかどうかはほんとに不明。
勝手にいろんなシステム作って楽しんでおけばいっかって気にもなってるけど。
東京オリンピックまでに何か変わるだろうか?
リオオリンピックの時に思ったんだよね。
「東京オリンピックには自立する」って。
今はそこまでの気持ちはないのだけど、それでも居場所自由な仕事をしたいは根底にある。
今、仕事ではASP.net MVCで作ったシステムのバックライン。調査ね。
修正までいかないからイマイチわからないのだけど、それでもjQueryバリバリシステムでなるほどねぇ〜って思ってる。
9月以降になればもう少し慣れて暇になるはずだから、もうちょっと解析してみようっと。