熊谷守一さんの晩年
日本を代表する役者さんの二人が初共演という作品ということに興味を持っただけで作品を全然知らないで劇場へ。
レイトショーで貸し切り状態のスクリーン。
映画の持つ世界観が全て私に伝わってきた。
時間の流れ
熊谷守一と言う人を実はあまり良く知らない。
ただ、10年ほど前にウォーキングをしていたときに確か「熊谷守一美術館」という看板を見た記憶があった。
作品はある夏の短い期間。それが2時間の作品になってしまう。
画家だけど、絵を描いているシーンはない。
絵を描く時間という設定はあるけど。
それで何故か伝わってくるものがたくさんある。
モリと呼ばれる仙人のような人を山崎努さんが演じられている。熊谷守一さんを知らないから山崎努さんがそのものなんじゃないかってくらいピッタリな雰囲気。
その妻を樹木希林さん。この二人がどういう掛け合いをするのだろう?それだけで興味津々。
樹木さんが「こういう奥さんだったら」ってことで、もっとおしとやかな方を想像していたのだけど、樹木さん風になったからなのか、そこまでの言葉のイメージはなかった。
時代を知る手段が来客の会話。
ドリフターズについて語っている。
そのときに「荒井注さんから志村けんさんになった」的な感じのことを言っている。
まぁドリフターズについても知らなきゃいけないんだけど。
で、私の記憶の中のドリフターズはもう志村けんさんで、荒井注さんがドリフターズのメンバーだったってこと自体を知ったのも近年って感じで。
で、それがいつだったのか?
荒井注さんのドリフターズ脱退が1974年ってことだからその頃なんだろう。
亡くなられたのが1977年。晩年のモリさんってことになる。
モリさんは豊島区千早の自宅から外に出ない生活を20年以上過ごされていた。
1956年に軽い脳卒中で倒れて以降ってことのようだ。
モリの食事風景から始まる。
モリと妻と姪の美恵ちゃん。映画では子供が先に逝ってしまってって感じだったのだけど、現実はそんなことはないようだ。だって美術館の館長とかって娘さんとかでしょ?
美恵ちゃんの存在は二人にとっては鬱蒼とした老夫婦の中にある明るさだ。
ただ、ちょっとぽっちゃりとした体型と運動不足なのか、すぐに足がつってしまう。
朝の食卓。
いきなりモリの面白い行動。お味噌汁の中の油揚げをお皿に移し、それをはさみで切ってから食べる。
ウィンナーは工具で挟んで潰してから食べる。
ウィンナーだからね、潰す瞬間に汁が飛び散る。
妻はハンカチを顔の前にかざして準備体制。美恵ちゃんはもろにかぶる。
それが何度となく繰り返される。
文句を言わない妻と美恵ちゃん。
妻は食事の後に夫に「今日はどうするんですかぁ〜?」と聞く。夫は「今日は池に行く」と。
背景をまるで知らないから何のことかわかってなかったんだけど。
家を出る支度をするモリはまぁいろいろと準備を腰に巻きつける。
そして家から出た途端、広がる小さな森のような茂み。
自宅の庭なんだろうけど、モリはそこに生きる生命ひとつひとつに語りかける。
カメラもモリの目線で虫を撮る。
久しぶりにハエの触角を見たわ。
モリは自宅の庭にも関わらず、ひとつひとつ丁寧に観察を続ける。
そして・・・はっと我に返ると。
そこはスタート地点の縁側の際。妻が洗濯物を干していた。
「あぁ、池に行くんだった。」
家を1周して戻ってきたらしい。
そして「池」とは。
なんとモリが家にこもってから自分で庭に掘ったものであった。
そこにはメダカが生息していた。
それをゆっくりとした時間の流れのまま見つめる。
モリの家には多くの人が出入りしている。
そこに三石研演じる雲水館という旅館の主人朝比奈が看板を描いて欲しいと依頼に来る。
突然の依頼にきたろう演じる画商の荒木や他の人は面白くない。
妻は朝比奈に「うちの主人は3文字しか書きませんから」と言う。
そこを何とか・・・と粘る朝比奈。
朝比奈が信州から来たことを知り、モリは描くことにする。
朝比奈の注文は「雲水館」
朝比奈は立派な木の板を持ってきていた。
そこにモリが力強く描き始める。
周囲の動きが止まる。
書かれた文字は「無一物」
妻は「だから夫は3文字しか書きません」と。
落胆する朝比奈に荒木たちは「いっそのこと、旅館の名前を変えたら?」と。
まぁそれでも財産になるよね。
モリは自宅にこもっているため、新幹線の存在を知らず信州からというと何日もかけて来てくれたと思って書いたのだろうと言うことだ。
モリの家には若い人も多く来ていた。
そしてモリの家を守ろうと言う看板をモリの家の周囲に。
時代の流れからモリの家の隣にマンションの建築が始まっていた。
それを反対する人の中に知らない男の三上博史が居た。
「お前は誰だ?」
逃げていく知らない男。
そんな感じでいろんな人がこの人には集まったということが伺える。
そのモリを取り続けるカメラマンの藤田を加瀬亮、アシスタントの鹿島を吉村界人。
加瀬亮がね、なんか最近ちょっと変わった感じがする。
私の中の加瀬亮のイメージが「SPEC」だからかな。去年の「3月のライオン」辺りから線の細いイメージになっている。
モリを撮るカメラマンの。初めてついてきたアシスタントは半ズボンでついてきて突然虫除けスプレーをかけはじめる。
その行為はここには合わない。
「帰っていいよ」と言う藤田。
虫が苦手ながらも鹿島は謝り一緒にいる。
藤田はメモを鹿島に見せる。それは自宅を書いたもの。
モリが座る場所が番号で記されている。「天狗の腰掛け」とかって言われていると言うと「誰にですか?」と返されてフリーズ。
モリがある椅子に座ったまま固まっている。
それを撮る藤田。鹿島は「何をしているんですかね?」と藤田に聞く。きっとそういう人を見ることが初めてだったのだろう。
ときは高度成長期。時間の流れが早かったんじゃないだろうか。
突然止まった時間。
若者にはどう映ったのだろう?
モリが見つめている石はモリが見つけたものだが、その石がどこから来たのかを考えていた。
毎日観察している自宅の庭になぜ?どこから?と思ったんだろうなぁ〜。
時間は進まない。
お昼ごはん。うどんを茹でているところにお隣からカレーが差し入れられ、急遽カレーうどんに変更。
カメラマンやお隣さんとワイワイしながらの食卓。
そこでドリフターズのことが会話に入って時代背景がわかる。
モリはカレーうどんをなかなか箸でつかめずにいる。
そして、なぜかその後のオチで「タイル」がカメラマンたちに落ちるという・・・。
ドリフターズのネタを盛り込んでいる。
うーん、この映画の対象は最低でも45歳以上じゃないか?
ザ・ドリフターズのタイルネタっていつまでしてたの?って感じ。
美恵ちゃんはプールに泳ぎに行く。そこでもしっかり足が攣るんだけど。
藤田たちは今度はモリと同じ体勢になってアリの観察を始める。
「ちゃんと見て」と言われてもモリの世界は見えない。
アリの動きがあまりにも早すぎて凡人には見えないが、天才には見える景色があるようだ。
全員が横になって一心にアリを見続ける。
鹿島が変わっていく。たった1日で。
帰り際、鹿島は藤田に「明日も行くなら自分も連れて行って欲しい」という。
モリの魅力に多くの人が惹きつけられたいったのだろう。
藤田たちが帰った後、マンションのオーナーの水島役の吹越満と工事の現場監督の岩谷役の青木崇高が訪れる。
マンション建築に反対する看板の撤去を求めに来ている。
妻としては、庭に陽が入らなくなるとは聞いてないし、あれは若い人がやっていることだからとひかない。
それでも工事現場の人が来ても快くトイレを貸したりしているわけで。
岩谷はトイレに行くとそこにモリの姿が。
岩谷はなぜかモリに息子の絵を見せる。岩谷は自分の子供に絵の才能があるなら教育方針を一から考えなきゃだと言う。
モリは「才能はありません。才能のない絵がいいのです。」と凡人にはわからないことを言う。
「才能があることは終わりなのだ」と。
そこで意気投合したのか?
モリは池を潰そうと思うと妻に告げる。
妻にも思うところがあったようだが、聞く。
聞くと、池を戻す算段がついたというのだ。そこに帰ったはずの岩谷が来る。そして「これだとトラック15台分必要だな」という。
そして「なぜ、潰すんだ。こんないいものを」と言うが、「勝手なことを」と呟くモリ。マンションが建ったせいで陽が入らなくなるからだ。
モリは岩谷に「この魚を責任を持って持ち帰って子供に描かせたらいい」と言う。
すごい物々交換だ。
モリに多くの人が近づき利益を得ようとしていたのだろうが、それを排除するのではなく取り込む人たらし術があったように思える。
美恵ちゃんが帰ってくる。大量の肉を持って。
当時はまだ冷蔵庫がなかったのだろう、暑い夏の日に大量の肉の処分に困る。
が、「あぁ独身の男ねぇ〜」と妻がいい、夜はどんちゃん騒ぎになる。
なんと工事現場の人を招いてしまうのだ。
マンションが建ってしまうことは自分たちにとっては不都合なのに、人を憎むことをしない。
すごい人達だ。
モリは外にもう一人いることに気づく。
そこには誰だか知らない逃げていった男がいる。
彼は言う。「モリ、池と宇宙が繋がった」と。
きっとモリの妄想なのだろう。
彼はモリに一緒に行かないかと言うが、モリは拒否する。
「妻をこれ以上忙しくさせられない」
モリのために妻は献身的に尽くす。
多くの人がモリを目当てに訪れるために妻は息もつけない。
それをモリは知っている。
夜、モリは妻と囲碁を打つ。
モリは弱い。
そして夜。
モリは勉強の時間だと言う。
「みんなは勉強がなくていいな」と。
そこからモリの「画家」としての時間が始まる。
フクロウの見守る中で、昼間に見たモノを形にしていく。
そんなことを続けていた人生だったのだろう。
87歳、文化勲章の内示を辞退し、92歳勲三等叙勲も辞退した。
老衰で亡くなったのが97歳。
自然と生きた人は長寿なのか?
この映画には私が生まれた頃のちょっと都心が描かれている。
住宅街の中の茂み。
マンションの建設。
それを守ろうとしている若者。
映画の最初に昭和天皇が「この絵は・・・」と困るシーンからだけど、天才の絵はほんとわかりづらそうだ。