人生は自分で考えなければいけないことを再認識した

自分を失くすこと

昨年、久しぶりに親密になってしまった方に私は凝りもせず依存し、そして、自分の描いていた未来を変えてしまった。

本来なら、私はあと1週間ほどで世界一周の旅へ行くはずだった。

後悔とは

乗船をキャンセルしたのは昨年の12月だった。

今年8月から1年の予定で申し込んだ予定を全てキャンセルをした。

一番安い価格で予約が出来ていたのだけど、それよりも違う未来を想定することにしてしまった。

昨年の6月に再会した人と登山を通して親密になり、私の中ではそれ以上になりたいと思ってはいなかったのだけど、いつまでも壁を作っている私に対して壁を壊そうとしたのだと思う。

嫌いではない。

ただそれだけの感情で受け入れてしまった。

自分が一番許せないことに。

相手には家族がいた。まぁ子供ももう成人して結婚して孫までいるからって男性は思うだろうけど、される女性はどう思うだろう。

若い頃とは違って間違えても相手の家庭が壊れることなんて期待しない。

そう、「嫌いではない」だけなの。

「好き」という感情はどう作っていくのだろう。

「好き」だったら何をしても許されるのか?そんなことが深層心理にはずっとあったのだと思う。

それでも、相手が自分に対して表現してくれることに自分も「流されてみる」ことにしてしまった。

それが、乗船キャンセルとなるわけで、まぁ船に乗ることはただの人生のリセット的な意味だったから、何か同様のことになればいいのだと思った。

彼は私に離婚することを提案した。

そう、私は別居をしていた。そして、船に乗るタイミングで離婚をしようと思っていた。だから、まぁ船に乗るタイミングはなくなったのだから、いつでもいいなとは思った。

すでに7年近く別居生活だったこともあり、すんなりと離婚することが出来た。

それとともに、引っ越しをした。

なぜか彼のほうが私の引っ越しに前のめりで船から降りたらどこに住む?といろいろと探してくれていて、なんとなく、本当になんとなく、昔半年ほど居た場所で探してみたら、一軒家の賃貸があり、そこが気に入った。

そんなことがきっかけで、離婚、引っ越しを一気にした。

全ては彼の尽力だと思う。自分一人だったら、やっぱり先延ばしで、こんな暑い8月の中、どうしてたのだろうと思う。

彼は自宅から30分の私のところに頻繁に出入りをし、私が思ってもいないくらい快適な部屋に仕上げてくれた。

それでも、私は自分が思ってもいないくらいのことが進んでいき、されているだけの行為がとても負担になっていた。

そして、彼は当たり前のように私の身体を求めた。

更年期にもなって、元々性欲なんてものはなかった自分には苦痛以外の何者でもないものになっていて、そのことで喧嘩をして、たびたび別れる話になったりもした。

でも、徐々に自分がコントロールされていっていたのだろう。居なくなる寂しさが辛くて結局、なぜ謝っていたのか、元に戻ってしまっていた。

7月、過去一番過酷な感じの縦走をしていて、お互い極限状態になり、本音が露出した。私はそこでやっとマインドコントロールから抜けて「あ、無理だ」と自分の考えで離れることを決断した。

プライドを傷つけられた彼がまぁ戻るとも思わなかったけど、それでも自分が戻ることが怖かったから、1ヶ月釧路へ避暑に行くことを決断した。

夏休み時期に1ヶ月も泊まれるところがあるのかって問題もあったのだけど、まぁ知人に助けてもらって予約をすることが出来た。

喧嘩から1週間後の土曜日に車に必要最低限の荷物を詰め込んで出発した。東北道は酷暑でエアコンも効かないくらい暑くなっていた。

それでも、函館で1泊して日曜日の夕方には釧路に到着した。

ロングドライブをしながら、私は考え事をする。

船に乗ろうと考えたのもワーケーションで富山に行った帰りだったような気もする。

ロングドライブの中で、私は自分の行動は正しかったと思うようにしていた。そして8月になってすぐは弟子屈のホテルにまずは滞在をした。

でも、その頃になったら、やっぱり寂しさが込み上げてきて、手紙を書くことにした。

地域の記念切手を買って。

それは戻るつもりの手紙ではなく、言い訳のような手紙だったのかもしれない。

でも、その手紙が届く前に私の弱さで電話をしてしまった。

弟子屈から屈斜路、斜里、ウトロ、羅臼とやっぱりロングドライブをしていた時に・・・

彼は電話に出てくれた。そして、私の行動に驚きながらも普通に会話をしてくれた。

でも、チャットも電話もCloseするとメッセージがが来た。

そして、1通目の手紙の内容を見て、「強い人間を守れない」と書いてきた。

そこで気づいた。「守るってなに?」って。

結婚もしてない相手に「守る」って言われて、金銭的に守られているわけではないのに、私は何を守られていたのだろう?

マインドコントロールってこういうことなのかもしれない。

自身の考えがなく、彼の言うことを聞いていたら良いとしてしまうことを「守られる」としているのだと。

でも、しばらくすると9月にテント泊での登山の誘いが来た。

私はやっぱり一緒に登山したいという気持ちもあったのだろう。すぐにOKをしてしまった。

それでも、彼は私が思う気持ちとは別のこともしようとしてきた。

私が不在中に部屋に入って残してきた荷物を運び出すと。

私はすごく不快な気持ちになった。会いたくない状態なら、電話もしないし、登山もOKしてない。それなのに、登山はテント泊だというのに、今までの状態ではない状態でどう続けるんだろう?と。

以前のように壁を作って接すればいいのならそれが一番傷つかずに済むけど、どうしたって甘えが出てしまうだろうと。

まぁそこで「あぁ、私は都合の良い女だったんだ」ってことで自分自身を納得させた。

自分には自由がなかった。

釧路に来たことでとやかく言われる筋合いは、そもそもない。

それでも喧嘩をしなかったら来られなかった。「行きたい」なんて言ったら、多分そこで別れるだけだっただろうから。

そう考えると、私はなんでこの半年以上を自分の意思で動けてなかったのだろうと思う。

私はフリーであり、誰と付き合おうと誰と会おうと自由なはずなのに、なんか嫌な気持ちにさせられたなと。

私、こんな拘束されたことあった?あったわ。元夫がそんな感じのモラハラ夫だったわ。

そんなこんなでやっぱりこういうのは無理だってことを認識した3連休になった。

そして、自分の人生を誰かに守られるような人間にはなってもしょうがないと。誰かに守られるということは多分、自由もなくなっているわけだから。

私は釧路に来て、未来予想図を描ける元を得た気がする。

それは多分、動いたから得られたことで、自宅で悶々としていても手に入れることもできなかったことだろう。

あと2週間後には自宅に戻っているわけだけど、彼のしてくれた快適な部屋で彼を記憶から抹殺することだけを考えよう。

良かった。今回は前回のように「偽善者」だったことの虚無感はなくて済みそうだ。

信じるのは自分のみ。

それでいい。自分を信じられなくなったらその時は終わりにすれば良い。