【映画 ミッシング】感想。重い。誰一人助からない。

今の世の中は狂ってる

子供が行方不明になる。

親は必死に探そうとしている。

のに、それに対して、顔も知らない人間が勝手にSNSで誹謗中傷を始める。

それをすることであなたはどうなるのですか?

テレビの報道の局面

この作品は石原さとみが監督に売り込んで今までの自分のイメージでは絶対に来ないだろう役をしたということを前もって知っていた。

𠮷田恵輔監督作品も結構見ている。

綺麗事じゃない部分を描いていると思う。

石原さとみ演じる母親の沙緒里と青木崇高演じる父親の豊。

夫婦でこういうケースに合った場合、母親の方がやっぱり取り乱してしまうのだろう。沙緒里の壊れていく様が描かれているように思う。

テレビを味方にしてどうにか情報を得たいとテレビ局の記者の砂田に依存していくような感じになる。

砂田を中村倫也が演じているのだけど、砂田もテレビ局のやり方に変化をしていく。

豊の会社では援助金を募ってくれている。

ボランティアで多くの人がビラ配りを手伝ってくれる。

母親に対して、どんどん被害妄想になっていく時、手を差し伸べる身内がいないことがもっと悲劇。

実弟が娘を見ていて、自宅まで5分を送らずにいたことで行方がわからなくなった。

実弟は姉に口でずっと負けてきた人生だったのだろう。

姪っ子の面倒も押し付けられたのかもしれない。

そんな状況でテレビで話すことを良く思ってないけど、藁にもすがる思いの姉に強制され、テレビ側は実弟が怪しいというような筋書きで話を進め、最終的には暴露される必要もなかったことを暴露し、実弟は職を失う。

それは女の子の捜索と何の関係があるのだろう?

ただ、他人の不幸を面白おかしく報道することで、それを見る視聴者もいるのも事実ではあるのだけど、モラルもへったくれもない。

被害者家族と接することで記者は次第に自分のしていることの「正義」に対して疑念を抱く。

母親はどんどん心を無くしていく。

父親はそんな母親に対して、反論はするが喚き散らすことが「正義」となっている母親には温度差を感じると言われ、最終的には母親のいうことを支持することになる。

結局、母親は自分が娘が居なくなっている時に自分の用事を楽しんでいたことに対して許せない気持ちで押し潰されている。

その差。

他人同士で一つの人間を誕生させ、自分を犠牲にして犠牲にして育てている段階で一つの気の緩みで心を無くすほどの悲しみになる。

誰が、何のために、どうしてはまるで描かれないのだけど、それでもまるでない話ではないのだろう。

作中は2年後までが描かれていた。

テレビの記者だけが脱線し、違う路線の報道をし、家族は2年前の写真をビラにして配る。

いつまで続くのだろう。

6歳から8歳。面影は残るかもしれないが。。。

同じ駅、大きな駅でもなければ、利用者は同じじゃないのか?

SNSも2年も熱はないだろうし、テレビが報道しなければSNSで炎上することも少ないのではないかと思う。

多くの人に情報提供を求めることと炎上することは今や紙一重。

このままこの家族は自分たちも殺しながら生きていくのか。